近況報告 1998年7月(復刻版)

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内容は当時の各種記録を元に再構築した物であり、とりわけ無責任・無保証です。

_1998年7月1日(水)  講義
一日講義。 講師の先生が張り切っている上に話が面白かったのでした。 そんな訳で見せられたビデオの会場が有明でなんかアレだったり。 夜は明日に向けて対策をグループで話し合ったのでした。

_1998年7月2日(木)  「ゲーム」
午前中は作戦会議で午後はいよいよ本番。 かなり頭を使う「ゲーム」であるので大変です。 ごく少人数ではあるのですが、チームワークがかなり大事ですし、いざ喋ろうとするとなかなか口から出てこないものです。 ウケ狙いな事を言うグループもあるのですが、これが度を過ぎて根拠の無いメチャメチャな事を言ったグループがあったとか無かったとか。

_1998年7月3日(金)  秋葉原 旅支度
深夜には鉄っぽい本の原稿を書いたりしていたのですが、なぜか2時過ぎから二時間ほど喋っていたりして。 午後打ち合わせが終了したらマシンの証拠隠滅をしたりしてから友達二人と秋葉へ。 彼らは秋葉初心者であったので「PCを組む事が出来る」という事などに感心していたのでした。 エヴァのVol.12を肉眼で確認したりしつつも予定通りヨコハマのサントラCDとデジカメとスマートメディアアダプタを購入。 寮に戻ってからはCDを聞きながらデジカメの動作を確認し、その後は旅の準備をしたのでした。

_1998年7月4日()  すずかけ台
起きて部屋の掃除をしてから研究室へ。かなり暑いです。 研究室で作業をしてから部室へ行き、部長と会ってから秋葉経由で帰ったのでした。 夜は友達と喋っていたのですが、明日は早いので早目に切り上げたのでした。

_1998年7月5日()  島根
津田沼から始発電車で出発。 秋葉原と浜松町で乗り換え、羽田空港には6時前には着いたのでした。 飛行機はDC−9。 今まで744とか777のような巨大機にしか乗った事が無かったのでこのような小さな飛行機は新鮮です。 出雲空港から出雲市駅までバスで出、山陰線各駅停車で江津へ。 ここで昼食を取ろうとしたのですが本当に何もない町です。 更に一日に7往復しかない三江線に乗り、駅からタクシーで宿へ向かう予定であったのですが、迎えが来ていたのでした。 宿は非常に立派で各部屋にBSもあったりします。 10畳間に一人で寝るのは広々としてはいるのですがちょっちヘンな気分なのです。

_1998年7月6日(月)  美術館
宿からバスに揺られて●●へ。 午前中は概要の説明を受け、午後は見学に出掛けるのです。 今まではよくわからなかったのですが、「●●●●」という言葉を認識させられたりしたのでした。 美術館も見たりしたのですが、この手のいわゆる「現代アート」は個人的にはちょっと好きなのです。 夕食を取りつつお喋りしたのですが、メンバー全員が東京近郊の育ちであったので似たような印象を受けたようです。

_1998年7月7日(火)  七夕
七夕です。 午前中は隣の●のホールの何故か楽屋で説明を聞いたのでした。 ここは島根県ではあるのですが目は広島の方へ向いているようです。 午後はなぜかとある会議に出席させられたのですが、単に好き勝手言っているだけで結局何が何だかよく解らない会議という印象です。 自分が●●●で無いというのは幸いなのですが(笑)、 メンバーに●●●がいないというのも幸いであったかもしれません。 夜はカードキャプターさくらを見るのです。いやいや。知世ちゃんがふんわりしていてとっても良いですね。絵も可愛いですし。 今日が誕生日の某氏に電話を入れたりしたのでした。

_1998年7月8日(水)  海老取り
夜は海老取りということで江の川へ。 自分でも数匹取れたのですが、連れていって下さった方は非常に沢山取っておられたのでした。 釣り竿を仕掛けると「暫し待たれよ」で釣れるのが凄いです。

_1998年7月9日(木)  海老
午前中の講義の後、午後は施設へ。三週間前よりははるかに楽です。 夕食には昨夜取った海老が出てきたのですが、かなりの量で食べきれなかったのでした。 もったいないと言うよりは申し訳ないという感じです。

_1998年7月10日(金)  一畑電鉄 サンライズ
最終日ということで午前中は「懇話会」。 昼で終了なのですが三江線の列車が午後の適当な時間に無かったので江津まで送って貰うことになったのでした。 江津から千葉までの乗車券を買い、出雲市へ。 出雲市に出てからは時間潰しのため出雲大社へ行き、ついでに一畑電鉄を完乗。 一畑の車内の時点で周囲に鉄っぽいのがいてなんかいや〜んなのです。 出雲市駅に戻るとサンライズ出雲の出発式が行われており、偉そうな人が喋っていたりテープカットやくす玉割りが行われているのでした。 列車はなかなか快適なのですが、閉所恐怖症の方にはお勧めできません。 新車の臭いが充満している上伯備線内は揺れるので気持ち悪くなってしまったのでした。 しかも車内は鉄ばかりであるというのがかなり困った所なのです。 当たり前と言われれば当たり前なのですが。 個室に装備されているコンセントにりぶを繋いで鉄気味原稿を書こうとするのですが、臭いが強い上に圧迫感がありロビーで原稿作成をしたのでした。って、誘導機駆動の電車の中で直流機に関し書くのが少しアレなのですが。

_1998年7月11日()  帰京
寝台車に乗るのは初めてであったのですがそれなりには眠れたのでした。 やはり脚を伸ばして寝られるのは良いですね。 終点東京に着いたら総武線にて津田沼に直帰。 午前中は洗濯をして午後になって出掛けたのでした。 夜は部室で木下君と若干の打ち合わせをし、終電で帰宅したのでした。

_1998年7月12日()  新宿
夕方に新宿で中谷君と会い千葉本に関して確認。 現時点では出るとのことなのです。 その後都心に出掛けてきていた父親と合流して実家に帰省したのでした。

_1998年7月13日(月)  埼玉 鉄気味
実家から横浜線と八高線で埼玉県方面へ。 バスは本数が少なく危うくダマされそうになったのでした。 結局早く着き過ぎてしまったのですが。 研修も残り二週間であるのですが、最後の班割はちょっとどきりとするようなものだったのでした。 夜は「鉄っぽい本」の原稿の仕上げにかかったのですが、更にページ数が増えて20ページにもなってしまったのでした。電制の時には界磁を逆転させなければならないという事に気付いたのでした。

_1998年7月14日(火)  報告会
午前中は幾つかのグループに分かれて先週の報告会。 なんか他の所は自分が行ったところよりも面白そうな気がしてしまうのですが、「隣の花は赤い」なのでしょう。 しかし沖縄から戻ってきた人達は皆黒くなっているというのが非常にわかりやすいのです。

_1998年7月15日(水)  自由
「自由なテーマ」で討議・発表するとのことで、ディスカッションをしたのでした。 なぜか有無を言わさず発表担当を押し付けられてしまったのでした。 「自由」であるのでどこの班も結構好き勝手やっていたようです。 午後は共同研究のまとめにかかったのですが、皆疲れているのか異様にハイなのでした。

_1998年7月16日(木)  準備
午前中はTOEFLの模擬試験があったのですが、頭が働いていません。 午後は昨日に引き続き課題の発表の準備。 これまでは発表にはPowerPointを使っていたのですが、今回は模造紙に書いたのでなんか高校の学園祭みたいです。 どーにか定刻までには仕上げたのでした。

_1998年7月17日(金)  発表 自衛隊
深夜にはなぜか似顔絵を描いて貰ったり先週のレポートを20分で書き上げたり。 午前中は自由課題の発表。笑いの連続でした(笑)。 が、いずれにしても言い方の問題で言い方を変えれば真面目な内容になるもの、、なのかな? 午後は講義の後、自衛隊の方を交えての座談会。 本来はPKOとかに関して質問する場であるのですが、「ざっくばらんに」と言われたので本当にざっくばらんに「自衛官の生活」などに関し質問したのでした。 全く想像のつかない世界であったので、興味があったのです。 数人で馬車道小手指店で夕食を食べてから帰宅。

_1998年7月18日()  予稿集
疲れが出たのか、ほとんど一日中寝ていました。 夕方になってからアニメイト津田沼店に漫画原稿用紙を買いに行ったのでした。 コミケのカタログが発売になっていたので軽くチェックしたのですが、面白そうなサークルを発見したのでした。 つい買いそうになってしまうのですが、とりあえずは買わずに済ませたのでした。

_1998年7月19日()  打合せ
ものべ氏の上京に伴いQDATの会合があるため、今日のうちに原稿を印刷して提出してしまおうと研究室へ。 結局「鉄気味」が20ページ、「千葉本」が6ページとなったのでした。 研究室では久し振りに先生にお会いしたのでした。 電波工学の本を書いておられるとのことで、マルコーニやタイタニックに関して調べものをしておられたのでした。 なんか面白そうな本です。 夕方は祐天寺「ナイアガラ」で会合。結局ものべ氏は遅刻したため大海原氏、中谷君と私の三人で喋っていたのでした。 超特急カレーに勝負を挑んだのですが、結構きついです。 その後ものべ氏と合流して部室へ。 ここでついにものべ氏とポケモノの接触が行われてしまったのでした。 原稿は提出したのですが、千葉本は若干修正を入れることにしたのでした。 快速の最終で帰宅すると品川駅で9375Mを見かけたのでした。 もうそんな時期なのですね。

_1998年7月20日()  秋葉原 予稿集
昨日ものべ氏に千葉本の原稿に関し誤植を指摘されてしまったため、印刷し直して秋葉で中谷君に渡したのでした。 彼は急遽スキャナを導入せざるを得ない状況になってしまったとのことで、日電製のを購入していたのでした。 寮に戻ってからはさくだ氏に学会予稿集を買わせて軽くチェックしたり。

_1998年7月21日(火)  準備
研修も残りあと一週間という事で夜はいよいよ「共同研究」のまとめで発表の準備。 周囲では真面目に発表資料やプレゼンなどを作っていたのですが、自分達の班だけはちょっちヘンな雰囲気が漂っていたのでした。 って、本人達は真面目にやっているのですけれども。

_1998年7月22日(水)  ドッジボール
今日と明日は「共同研究」の発表会です。 午前中はリハーサルで、午後が本番。 自分達は明日の発表であるので今日は聞いているだけなのです。 発表に対しては投票が行われ、明日の夜に結果が発表されるようです。 夜はドッジボール大会があったのでした。ドッジボールなんて、小学生以来でしょうか。

_1998年7月23日(木)  発表
未明まで準備。掴みで笑いを取るのが重要とのことでプレゼンの最初にデジカメ写真を入れてみたり。 というわけでいよいよ発表なのです。 自分達の発表は最後であったのですが、取りにふさわしい(謎)発表で、会場中爆笑の嵐であったのでした。 って、普通は爆笑などは起きない筈なのですが。 最後の夜という事で夕方からは懇親会。この場で投票結果が発表されたのですが、 私達の班は当然得票数が多く、賞品としてお酒などを頂いたのでした。 自分としては久し振りに美味しいビールが飲めたような気がします。 発表があまりにもウケたので部屋が違っていて見られなかった人のために再上演が行われたのでした。

_1998年7月24日(金)  最終日 Win98
最後の夜という事で結局朝5時頃まで起きて喋っていたのでした。 皆さん学生のように若くはないのでちょーでんどーというわけには行きませんね。 午前中は作文を書き、午後はつまらない授業とそして閉講式。解散して寮に戻ったのでした。 夜になって秋葉に出向いて秀氏・The-OB氏と合流しWin98の発売を見物したのでした。 「一般最後尾」と「予約最後尾」などという有明あたりでも見られそうなプラカードがあったりして非常にわかりやすかったりするのです。

_1998年7月25日()  本八幡
Win98は買わずにそのまま黄色い電車で秋葉を退散。 津田沼寮に戻るつもりであったのですが本八幡で下ろされてしまい、泊めていただいたのでした。 今日は千葉本の締切であるのですが、未明に中谷君が呑気にチャットなどをしているのを確認したのでした。 また惨めな思いをしたいでしょうかねぇ。 鉄っぽい本は結構厚くなるようです。 昼過ぎに寮に戻り、夕方になって部室へ。合宿のため九州に旅立つぬ玉とポケモノを見送ったのでした。

_1998年7月26日()  津田沼
一日中寝ていたのでした。夜になって不毛な一日を過ごしてしまったと後悔したのでした。

_1998年7月27日(月)  葛西
今日から二週間は●●●研修です。 辞令を頂いて挨拶した後、午後は●●●の●●に同行したのでした。

_1998年7月28日(火)  研究室 夜勤
今日から明日にかけては夜勤であり、午後出勤なのです。 そんな訳で久し振りに平日の昼間に研究室にお邪魔したのでした。 が、研究室旅行とのことでほとんどの人は出払っていて残念なのです。 それでも佐野さんがおられたのでご挨拶したのでした。 大岡山の部室に寄ってから研修先へ。

_1998年7月29日(水)  夜勤明け
皆さんは手慣れているので、突然やって来た自分など足を引っ張るだけという感じです。 0930に勤務は終了し寮に戻り、昼間は寝てしまったのでした。 夜は寮の友達と喋っていたりしたのでした。

_1998年7月30日(木)  新鮮
今日と明日は●●●●●●●●。 ●●●を一切経験したことのない自分にとっては全てが新鮮なのです。

_1998年7月31日(金)  少人数
今日も●●●●●●●●です。 かなりの●●●を少人数で対応しなければならないのですから大変です。 もっとのんびりした所もあるらしいのですが。


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